―こんな夢を見た
レストランへ入れておいた予約の時間が迫っている。
僕も彼女も、美しい夕陽に気をとられて、時の過ぎるのをすっかり忘れていた。
予約したレストランは名古屋港イタリア村にある。
―イタリア村
名前だけ聞くと何だか野暮ったい。
だが狭いながらもこざっぱりとした、ここは僕のお気に入りの場所なのだ。
それで、そのイタリア村はというと、ここから港のちょうど反対側に位置している。
レストランへ入れておいた予約の時間が迫っている。
僕も彼女も、美しい夕陽に気をとられて、時の過ぎるのをすっかり忘れていた。
予約したレストランは名古屋港イタリア村にある。
―イタリア村
名前だけ聞くと何だか野暮ったい。
だが狭いながらもこざっぱりとした、ここは僕のお気に入りの場所なのだ。
それで、そのイタリア村はというと、ここから港のちょうど反対側に位置している。
急がなければならない。
早くたどりつくには、間に横たわった海浜公園の林をまっすぐに突き抜けるのが、もっともよい道なのだが、足を踏み入れてみて驚いた。
林の中は思いのほか真っ暗で、そのうえ日が沈んだ後の海風が、身を切るように冷たい。
―ここは回り道をするべきか
と、彼女の顔を覗き見ると、彼女は何の不安もない様子でにこにことほほ笑んでいる。
そして僕の気持ちを悟ったかのように
「行こう」
と言った。
こういう段になると、天衣無縫の彼女の方が、僕などよりも存分に頼もしい。
しかし普段、彼女の前では豪放磊落を自任している僕だ。
こんなところで弱気は見せられない。
「おう」
と一声、ガバと彼女の腕をとり、暗がりの林の中をイタリア村へ進み始めた。
いくらか歩くうち、黒い木立の間から、美しい照明に飾られたイタリア村の尖塔が見えてきた。
何だか自分たちがおとぎ話の登場人物のような気がしてきた。
城を目指し、魔の森を突き進む、王子か姫か。
しかしだとすると、うちの姫には、か弱さというものが足りない。
さっきから、組んだ王子の腕を引きずるようにして意気揚々と歩き続けている。
そして王子には意気地が足りない。
吹き付ける海風に、寒い寒いと愚痴ばかり言っている。
しかし、ともかくも、ようやく僕らはイタリア村へたどりついた。
時計を見ると、何だ、予約の時間までまだ10分もあるじゃないか。
僕は海風で体を冷やしたせいか、昼にコメダでコーヒーを飲み過ぎせいか、何をおいても手洗いへ行きたかった。
イタリア村へは何度か来たことがある。
手洗いの場所も、しぜん頭に入っている。
「ほら、ちょうどその角を曲った所に―」
僕は彼女へちょっと自慢げに言いながら、角を曲がる。
―ない。
このあいだ来た時にあったはずの手洗いがなくなっている。
「おかしいな、じゃあ、あの階段の下に―」
―ここにもない。
おかしい。
「ないはずないわよ」
と、彼女が施設案内の地図を広げた。
が、地図からしておかしい。
どこにも手洗いが示されていないのだ。
前に来た時の記憶を手繰り、確かに行ったことのあるはずの場所へ向かっても、それらはことごとくただの壁になっているのだった。
【つづく】
早くたどりつくには、間に横たわった海浜公園の林をまっすぐに突き抜けるのが、もっともよい道なのだが、足を踏み入れてみて驚いた。
林の中は思いのほか真っ暗で、そのうえ日が沈んだ後の海風が、身を切るように冷たい。
―ここは回り道をするべきか
と、彼女の顔を覗き見ると、彼女は何の不安もない様子でにこにことほほ笑んでいる。
そして僕の気持ちを悟ったかのように
「行こう」
と言った。
こういう段になると、天衣無縫の彼女の方が、僕などよりも存分に頼もしい。
しかし普段、彼女の前では豪放磊落を自任している僕だ。
こんなところで弱気は見せられない。
「おう」
と一声、ガバと彼女の腕をとり、暗がりの林の中をイタリア村へ進み始めた。
いくらか歩くうち、黒い木立の間から、美しい照明に飾られたイタリア村の尖塔が見えてきた。
何だか自分たちがおとぎ話の登場人物のような気がしてきた。
城を目指し、魔の森を突き進む、王子か姫か。
しかしだとすると、うちの姫には、か弱さというものが足りない。
さっきから、組んだ王子の腕を引きずるようにして意気揚々と歩き続けている。
そして王子には意気地が足りない。
吹き付ける海風に、寒い寒いと愚痴ばかり言っている。
しかし、ともかくも、ようやく僕らはイタリア村へたどりついた。
時計を見ると、何だ、予約の時間までまだ10分もあるじゃないか。
僕は海風で体を冷やしたせいか、昼にコメダでコーヒーを飲み過ぎせいか、何をおいても手洗いへ行きたかった。
イタリア村へは何度か来たことがある。
手洗いの場所も、しぜん頭に入っている。
「ほら、ちょうどその角を曲った所に―」
僕は彼女へちょっと自慢げに言いながら、角を曲がる。
―ない。
このあいだ来た時にあったはずの手洗いがなくなっている。
「おかしいな、じゃあ、あの階段の下に―」
―ここにもない。
おかしい。
「ないはずないわよ」
と、彼女が施設案内の地図を広げた。
が、地図からしておかしい。
どこにも手洗いが示されていないのだ。
前に来た時の記憶を手繰り、確かに行ったことのあるはずの場所へ向かっても、それらはことごとくただの壁になっているのだった。
【つづく】
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